ストレスによる高血圧発症の予防には、運動が効果的

 

順天堂大学は6月12日、慢性的なストレスによる高血圧発症の予防には、運動が効果的であるとされるメカニズムの一部を明らかにしたことを発表。ラットをほぼ毎日1時間拘束すると、3週間後に血圧が上昇するとともに、骨髄の炎症反応、血中炎症細胞(Tリンパ球や単球などの白血球)の増加、さらに、血圧を調節する脳領域の視床下部室傍核(PVN)における炎症細胞の浸潤(血液から脳への移動)が認められたことを報告した。

同成果は、順天堂大大学院 スポーツ健康科学研究科のThu Van Nguyen 大学院生(研究当時)、同・山中航准教授、同・和氣秀文教授らの研究チームによるもの。詳細は、遺伝子と生理学の関係全般に焦点を当てた学術誌「Physiological Genomics」に掲載された。

 

今回の研究の概要。

 

慢性ストレスはさまざまな心身の病気の原因となるが、運動習慣はその解消法として知られており、ストレスに起因した病気の予防・改善に有効であることが証明されている。しかし、その機序の詳細についてはまだわかっていないことも多い。

ストレスは、骨髄を刺激して血液中の炎症細胞(白血球)を増加させ、さらにこれらの一部が脳内に移行し炎症反応を誘発することがわかっている。そこで研究チームは、「運動習慣は慢性的なストレスに起因した一連の炎症反応を抑制する」という仮説を立て、その検証を目指したという。特に慢性ストレス依存の高血圧症に着目し、拘束ストレスのあるラットに対し、血圧、骨髄および視床下部の遺伝子発現、白血球分画、PVNにおける骨髄由来性炎症細胞数についての測定・解析を行ったとする。

さらに、ラットに拘束ストレスを課すものの、自発性走運動を行うことができる回転カゴ付きケージで飼育した場合についても同様の測定・解析を行い、ストレスに対する運動習慣の効果についての観察を行ったとのことだ。

今回の研究では若齢ラットが用いられ、(1)「拘束ストレス群」、(2)ストレス群と同条件でストレスが負荷されるものの、自由に運動することができる環境で飼育を行う「拘束ストレス+運動群」、(3)「対照群」の3群に分けて実験を行ったという。

ストレスとしては、拘束衣を用いて1日1時間、週5日間、3週間のストレスを課し、飼育期間前後にすべてのラットの尾部より血圧を測定。飼育期間終了後、ラットの骨髄と視床下部からRNAを採取し、マイクロアレイ法やリアルタイムPCR法を用いて網羅的遺伝子発現解析を実施した。また、血液サンプルを用いたフローサイトメトリー法による白血球分画の測定と、免疫染色法を用いたPVNにおける骨髄由来性ミクログリアの有無についての調査も行われた。

 

実験の結果、ラットは3週間の拘束ストレスにより血圧が有意に上昇することが判明。また、骨髄の炎症性因子(Ccr2、IL1b、Ifngなど)の遺伝子発現水準は、対照群に比べて有意に上昇したという。白血球分画については、ストレスによりTリンパ球や単球の数が増加することが確認された。さらに視床下部領域でも、炎症性因子(Ngfr、Lhx8、Mmp3など)の遺伝子発現水準の増加と、PVNにおける骨髄由来ミクログリアの数が増加することが明らかになった。

そして、拘束ストレス+運動群では、骨髄の遺伝子発現や白血球分画については、ストレス群で認められた炎症反応をむしろ増悪する傾向にあったが、視床下部においてはMmp3遺伝子発現の抑制に加え、炎症細胞の遊走活性化因子(Ngf、Hmgb1、Cx3cr1、faslgなど)の遺伝子発現がストレス群および対照群より減少することが確認された。さらに、PVNにおける骨髄由来ミクログリアの数は対照群と変わらなくなったとする。

研究チームは以上の結果から、運動習慣はストレスによる末梢(骨髄や血液)の炎症反応を改善することはないものの、視床下部における炎症細胞の遊走性を抑制することで、PVNなどにおける炎症細胞の浸潤を抑制し、ストレス依存性高血圧を予防している可能性が示されたとしている。

今後は、ストレスによる炎症細胞のPVNへの浸潤と運動による抑制メカニズムについて調べる必要があるという。血液成分の脳実質への移動は、血液脳関門(BBB)によって制限されているため、運動はBBB機能を強化する可能性が考えられるとする。

また今回の研究では、ストレス依存性の高血圧症に焦点を当て、特に視床下部領域の炎症反応について調べられたが、パーキンソン病アルツハイマー病、うつ病なども脳の炎症によって発症する神経炎症性疾患に分類されており、定期的な運動はこれらの疾患を予防・改善することが知られていることから、今回の研究成果が、高血圧症以外のさまざまな病態の発症や運動効果について、分子レベルでのメカニズム解明につながるものとして期待されるとしている。