すくみ足・小刻み歩行を呈するパーキンソン病患者に対する歩行訓練

要 旨
パーキンソン病 患者 に対する歩行訓練の 効果 を検討する目的で ,パーキンソン病患者 と健常人との 体幹・下肢の筋活動及び重心移動を比較・検討した。


パーキンソン病患者の 筋活動 は歩行時持続性の 高い筋活動 を認め,その際左右への重心移動は 小さいことが分かった

 

そこで我々はこの持続性の高い筋活動が体幹を棒状化し重心移動を小さくすると共に足関節の 固定化を招き, 下肢の振り出しを困難にさせていると考えた 。そして,このことが すくみ足・小刻み歩行を引き起こす要因であ ると推察した

 

この様な患者に対しリラクゼーション と1〜2Hzの音刺激に合わせた足踏み後歩行をさせると,体幹・下肢の筋活動は健常人の 活動パターンに近づくと共に 左右への重心移動は大きくなり、すくみ足・小刻み歩行が改善した

 

したがって1〜2Hz の音刺激に合わせた足踏みとリラクゼーションはパーキンソン病患者に対する歩行訓練に 適していると考えられ た 。 

 

 

は じ め に
パ ーキ ン ソ ソ 病患者 は 歩行時 す くみ 足 ・小刻 み 歩行 を呈 す る こ と は周知の 通 りで あ る。 こ れ に 対 し,一般に 階段昇 降や音 刺激 と して 1〜 2Hz の メ ト ロ ノ ーム や号 令を与 え た り, 床 に 30 〜 50cm 間隔の 線 を引い て 歩か せるな どの 訓練 が行 わ れ て い る が,そ の効 果 に つ い て 検討 さ れ て い る もの は少 な く,訓 練 方法 自体 も ト分 確立 されて い な い2)。こ れ まで 我 々 は患 者 を背臥位 と し股 関節外転位で 上下 ・左右 へ 』ド肢を振 る リラ ク ゼ ーシ ョ ン 後 1〜 2Hz の メ ト ロ ノ ーム に 合 わ せ た足踏 みを させ , そ の後歩行 を させ る とす くみ 足 ・小刻 み 歩行が 改善 した 症例を経験 して き た。 そ こ で 体幹 ・下 肢の 筋活動 と重 心移動に着 同 した す くみ足 ・小刻 み歩行 に対す る歩行訓 練にっ い て 若十の 知見を得た の で 報告す る。 

 

 

対象 と方法
対 象 はパ ーキ ン ソ ン 病患者 12 例 (内訳 は Yahr の 重症度分類で stage I− 1例 。stage 皿一4 例 ・stageIV − 7例,年齢 28〜 77 歳 ・平 均 62.8 歳) (表 1 ) と健常入 7例 (年齢 22〜41歳 ・平均 26.9 歳) で あ る。検 討す る 検査項 目は 安静 立位 と歩行, 背臥位 と リラ ク ゼ ーシ ・ ン 後 (背 臥位), 1〜 2Hz の 足踏 み とそ の 後 の 立 位 ・歩行 と した。 そ の 際両 側 の 脊柱 起 立筋と一側の 前脛骨筋及 び 下腿三 頭筋の 筋電図を H 本光電製ポ リグラ フ を用 い て 導出 し, 一側の 踵 と母趾 に竹井機器製 フ ッ トス イ ッ チ を 取 り付 け 同 時 記 録 した。ま た ア ニ マ製 グ ラ ビ コ ーダーSG 1 を用 い ,10 秒 間の 立 位後前方 の板 へ 移 動 す る 際 の 重心 移動 を 起 立 直後 及 び リ ラ ク ゼ ーシ ョ ン と メ トロ ノ ーム に よ る 1 〜2Hz の 音刺 激 に 合わせ た 足踏み 後記録 し (図 1 ), そ の 結巣 を ・ ・ の際の 筋 電 図 と共 に 健常 人 に お け る の 際 の 筋電 図及 び10 秒 間 の 立 位 後 前 方 の 板 へ 移 動 す る 際 の 重心 図 と比較 ・検討 した 。 

 

 

結 果

健常人において、安静立位時では下腿三頭筋以外はほとんど筋活動は見られず,歩行時では主に脊柱起立筋は立脚相 と遊脚相 の移行期,前脛骨筋は 立脚 初期と遊脚相,ド腿三 頭筋は立脚後期に活動するという高・低を見る相動性の 活動パターン を示す (図 2 )。

 

そ れ に対 しパーキンソン病患者では、安静立位に おいて3筋共すでに高い活動を示し,さらに その直後の歩行においても全歩行周期を通じて 筋活動は高く,健常人 の様な相動性は不明瞭になり、持続性の活動を示した (図 3 )。

 

そこで 背臥位で の 筋活動 を見てみると 3筋共健常人 と比較して 高い傾向にあるが, リラクゼーション後その筋活動は低下した。

 

さらに その後、患者に 1〜2Hz の音刺激に 合わせた 足踏みをさせると,健常人のごと く 3筋共活動の高・低を見 (図 4 ), その後の 歩行も筋活動の高・低が 見られ相動性の活動パターンに近づいた (図 5 )。

 

 

次に 10秒間の 安静立位 とその後 前方の板へ移勁する際の重心図を見る。 重心図上段は重心の軌道を示し,下段左は軌跡の左右成分,右は前後成分を示す。

健常人において 安静立位時には重心の大きな移動はないが,下肢振り出しに際して 歩行直前に立脚側へ大きく移動した(左右成分)後,前方へも大きく移動する (前後成分 )(図 6−a )。

 

これに対しパーキンソン病患者では、歩行直前及びその後も健常人と比較して左右への 移動は小さく(左右成分),前方への移動も小さかった(前後成分) (図 6−b)。

 

 

そこで リラクゼーション と 1〜2Hz の 音刺激 に 合わせ た 足踏み をさせると,リラ クゼ ーション と足踏み を行なう前 と比較して 歩行直前の左右へ の 移動が 大きくな る (左右成 分)と共に,前方への移動も大きくなり(前後成分), すなわち 1steplength (歩幅)も長くなりすくみ足・小刻み 歩行は改善した (図 7 )。

 

 

 

 

 

 

 

< 症例 12 > (畷 8 )
51歳,男 性,診断名 :パ ーキ ン ソ ン 病
昭和 61 年 頃よ り意欲低下 が 見 られ , 63年 6 月頃よ り言語 障害 ・小刻 み 歩行 ・突進 現象が 出現 し, 徐々 に動作緩 慢 が見 られ る よ うに な る と共に 固縮が 強 くな り, 10月 14 日 に 精査 目的で 当院人院 とな っ た。 次 い で 18 日 より PT が開始 され,薬物治療 と運動療法 とが並 行 して 行わ れ た 。


PT 開 始 時 評 価 及 び経 過 :Yahr の 重症 度分 類 でstage 3 で あ り,固縮 は 全身 に 認 め られ 近位 関節 に 関与す る筋 ほ ど 強 い 傾 向が あ っ た もの の ,振 戦 は見 られ なか っ た 。 ADL は 院内自立 して い た が 歩行 は独 歩可 能 なる も前 傾姿勢 を呈 す る と共 に 小刻み 歩行 が 見 られ た 。 また IDm を 20 歩 ・12 秒間 で 歩 行 し た。 さ らに メ ト ロノ ーム に よ る 1 〜3Hz ま で O.5 Hz 刻 み の 音刺激 に 合わせ て 足踏 み さ せ た と こ ろ , lHz の 音刺 激 に は 同期 して足 踏 み可 能で あ っ た が,他 の 音刺 激で は す くみ 足様に なり同期 した足踏 み は困難で あ っ た。

 

そ こ で 歩行前に 背臥位 で の リ ラク ゼ ーシ ョ ン を行な い, 次い で 1Hz の 音刺激 に 合 わ せ た足踏 み を 10 〜20 回行 わせ た後 に 歩行 を させ る とい う訓練を繰り返 し行な うと共に ,病棟で 歩行 する 前に は足 踏み を す る様 に 指導 した。約 2 か 月後,足踏み 後に は 10m を ユ2 歩 ・8 秒 間で 歩 行す る様 に な っ た。しか し, 足踏み の 効果 は持 続せ ず, 10m 以 上歩行 を続ける と小刻 み 歩行 が 見 られ た 。


また,対象 12 例 中 8 例 に す くみ 足 ・小刻み 歩行 の 改善 を認 め,残 る 4 例 にっ い て は小刻 み歩行 の 改善 は認 められ な か っ た もの の ,す くみ 足 を呈 す る際の 歩行開始 のきっ か けに は な り得た。

 

 


考 察
今回我々は、すくみ 足・小刻み歩行を呈するパーキンソン 病患者の 脊柱起立筋 ・前脛 骨筋 ・下腿三頭筋に歩行時持続性の高い筋活動を認め ,その際左右への重心移動は小 さいことが分かった。 これに対しリラクゼーションと1〜 2Hz の 音刺激に合わせた足 踏み後 歩行をさせると,体幹と下肢の筋活動は健常人の様な相動性の活動パターンに 近づくと共に左右への重心移動は大きくなり,すくみ足・小刻み歩行が改善した。


健常人において脊柱起立筋 は歩行時体幹の 過度の屈曲を制限すると共に ,体幹を様々な方向に偏位させる。

 

これに対し、パーキンソン病患者は 全歩行周期を通じて持続性の高い活動を示し,体幹は棒状を呈した。 奈良は、パーキンソン病患者の重心移動の欠如による運動の開始と終止の困難さを指摘しているが,我々もこの様な観点から体幹の棒状化により重心移動 が十分なされず,下肢は体重支持を余儀なくされるために振り出しが困難になると推察する。

 

一方、真野らが すくみ足が強い際の前脛骨筋と下腿三頭筋の 同期した活動を指摘しており,また楢林や Hallett らはパーキンソン病 患者は動筋の活動による拮抗筋へ の 相反抑制が不十分 となり,これが勁筋のぎこちなさを引き起こすとしている。 これらは 今回我々が得た同 2 筋の 持続性の高筋活動であると考え る

 

 

体幹を 棒状化 し重心 移動 を小 さ くす る と共 に 足関節 の 固定化 を招 くこ の 様な 3 筋の 持続性 の高 い筋活動が す くみ足 ・小刻み 歩行を引き起 こ して い る と推察す る (図 9)。

 

そ こ で リラ ク ゼ ーシ ョ ン を行 な い 背臥位で の筋 活動 を低下 させ た 後 ,足 踏み を繰 り返 し行 な わせ て 収縮一弛緩 とい う相動性の 活動を 促し,左 右 へ の 重心移動 を大 き くする と共に 足関節の 可動性を得 る こ とで 下肢 の 振 り出 しが容易にな り,そ の 結果す くみ足 ・小刻み歩行が 改善 す ると考 え る。

 

 

症例 12 の様に10m 歩行時の歩数は減少,つまり1step lengthは長くなり小刻み歩行 は改善し,また小刻み歩行が改善しなかった症例 にっいてもすくみ足を呈する際の 歩行開始 の き っ か け に は な り得 た。 しかし, 持続的な効果は得 られ なかった

 

 

 

と こ ろ で ,中村は パーキンソン病患者に行なったタ ッ ピ ン グテ ス トの 統計処理 の結果か ら,刺激頻度 を 1Hz か ら段階 的に .上げ て い く と 2,5 Hz に 至 っ て 突如同期応答 が不能 に な り, 5 〜6Hz の速 い 非同期応答が励起して くる こ と を指摘 し,こ の 現 象を リズ ム 形成障害 の 1例 で ある と して い る。そ こ で,こ の リズ ム 形成障害と いう観 点 か ら音 刺 激 の 頻度 に つ い て 考察す る 。

 

中村9}は この様 な速 い非同期応答 とい う異常 リズ ム の 発現 に よ り足踏 み と い う動作 自体 も停止 して しま う こ と も指摘 して いる。 ま た Hallettら6)9)も こ の 異常 リズム に よ り運動の 開始 が 遅 れ る こ と を指摘 して お り, こ れ は 歩行時の す くみ足 の 要因 で あ る と考え られ る。 したが っ て ,刺激頻度 は異常 リズ ム を励起 さ せ な い 1 〜2Hz が 適 して い る と推察す る。

 


ま と め
1.パーキンソン病患者の 体幹・下肢の筋活動 は健常人の相動性の活動とは異なり,持続性でしかも高かった。


2,この持続性の高い筋活動 は体幹を 棒状化し重心移動を 小さくすると共に足関節 の 固定化を招く,すくみ足・小刻み歩行を引き起こす要因であると推察 した


3 .パーキンソン病患者に対し,リラクゼーション 後メトロノームによる1〜2・Hzの音刺激に合わせた足踏みを行なわせたところ,すくみ足・小刻み歩行が改善した。 しかし,持続的な結果 は得られなかった。 

 

 

 

 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/rigaku/18/5/18_KJ00001306367/_pdf/-char/ja