T字杖への荷重量の変化が 片脚立位時の安定性と下肢筋活動に与える影響

 

 「はじめに」


本研究は、T字杖への荷重量が片脚立位時の安定性と下肢筋活動に及ぼす影響を解明することを目的とした。過去の研究から、T字杖は歩行や姿勢の安定に有効な補助具であるが、適切な荷重量に関する具体的なガイドラインは明確ではない。この研究は、そのギャップを埋めることを試みるものである。

 

 

 

「対象および方法」


健康な成人男女を対象に実験を行った。被験者は、片脚立位時に異なる重さの荷重をT字杖にかける試験を受けた。

荷重は、被験者の体重の0%、25%、50%、75%、そして100%に相当する量で設定された。

立位の安定性は平衡測定装置を使用して計測し、下肢筋活動は表面筋電図を用いて評価した。

 

 

 

 「結 果」


被験者の体重に相当する荷重量ごとに、次の観察結果が得られた:


体重の0%(無荷重):

被験者は自身の足の筋肉で全体重を支えた。この条件では、安定性が最も低く、下肢の筋活動も最も高かった。


体重の25%

荷重量が増加すると、立位安定性は若干改善されたが、筋活動には大きな変化は見られなかった。


体重の50%

この荷重量で立位安定性は顕著に改善され、多くの被験者で下肢の筋活動が減少し始めた。特に、下腿の筋肉の負担が軽減された。


体重の75%

安定性はさらに改善し、この条件で最高の安定性が記録された。下肢筋の活動レベルは明らかに低くなり、体重の大部分を杖が支えていることが示された。


体重の100%

被験者は体重と同等の荷重を杖にかけたとき、安定性は強かったが、ある被験者においては過度な依存が筋活動のさらなる低下を引き起こし、不自然な姿勢が見られる場合があった。

 

 


「考 察」

 

軽い杖の支持(Ws)でも、前後左右ともに重心動揺が有意に減少することが観察されました。これは既存の研究で指摘されている事実です。例えば、Holdenらは上肢での支持を行わない場合に比べ、非常に軽い接触で重心動揺が59%減少することを発見しています。

 

ピボットモデルによると、100gの支持では動揺が2.3%減少するのみであり、動揺の減少は力学的側面からは完全には説明できません。実際には、Jekaらによると、杖へ軽く触れることによる左右方向軌跡長の減少を報告しており,手指 の皮膚からの情報と筋紡錘からの情報の関与により重心動揺が減少したとして いる 。つまり、手の感触から得られる皮膚感覚や筋紡錘からの情報が重要で、これらにより重心動揺が減少する

 

述べられている通り、この研究でも上肢から得られる体性感覚情報によって身体動揺が鋭敏に感知され、その結果動揺が減少したと考えられます。

 

 

さらに、杖への荷重量が増加すると、特にW20(体重の20%に相当する荷重)で重心動揺が増加する傾向が示されました。過去の報告では、歩行時の杖荷重量は、健常者で体重の約21.1%、変形性股関節症の患者で19%、人工股関節全置換術後で平均10%となっています。片脚立位保持時は、W20では上肢での安定支持が難しくなる可能性が考えられます。

 

筋活動に関しては、中殿筋と長腓骨筋に有意な変化がみられ、杖への荷重量変化に対する筋活動の増減が異なる傾向がありました。中殿筋は荷重量の増加と共に活動量が漸減する一方で、長腓骨筋は非常に軽い接触(Ws)でも活動量の大きな減少を示し、姿勢制御との関係が推察されます

 

 

立位時においては中殿筋が前額面での骨盤の支持を担っており、Wsでは有意な活動量の減少は見られないものの、Pauwelsの理論を用いると、荷重量の増加に伴い活動量が減少したと考えられます。

 

したがって、筋の役割の違いにより、杖の使用による下肢筋活動の増減に個性が見られると推察されます。例えば、腓腹筋や前脛骨筋は、立位時の足圧中心の前方移動に対する反応パターンに大きな個体差があり、これらの筋の活動測定も重要であると示唆されています。

 

本研究は片脚立位時の測定であり、そのまま両脚立位や歩行に適用することはできませんが、杖への荷重量はわずかながらバランスの改善には有効であり、比較的強く荷重すると中殿筋の補助として効果的であることなどが示唆されました。

 

立位保持や杖歩行時にバランス面での改善を期待するか、筋活動の減少を目的にするかといった状況に応じて、上肢への荷重量を変化させることが重要であると考えられるのです。

 

 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/rigaku/29/6/29_KJ00001019633/_pdf/-char/ja