パーキンソン病の歩行・姿勢制御異常に対する理学療法
パーキンソン病の歩行・姿勢制御異常は、生活の質(QOL)低下につながるため、理学療法の重要な介入対象となる。本稿では、パーキンソン病の歩行障害に対する推奨される理学療法介入と、姿勢異常に対応する新しい理学療法介入の試みについて紹介する。
1. 歩行障害に対する理学療法
パーキンソン病の歩行障害は、運動プログラム生成異常、運動の大きさの減少、遂行機能障害、自動的な歩行リズムの生成異常、情動の影響など、多様な要因が複雑に絡み合って発症すると考えられている。
歩行障害に対する理学療法介入戦略として、以下の4つが挙げられる。
- External cue
- 注意のストラテジー
- Feedforward
- Feedback誤差学習
1.1. External cue
パーキンソン病患者は、外部からの感覚刺激により歩行動作が改善する。External cueに用いられる感覚刺激として、視覚刺激、聴覚刺激、体性感覚刺激がある。
視覚刺激を例に挙げると、視覚刺激が入力されると、視覚座標に対する運動プログラムが運動前野で生成され、パーキンソン病において障害される大脳基底核や補足運動野を介さず運動が発現されるため、歩行が改善すると考えられている。
External cue(視覚刺激と聴覚刺激)の適用は、患者がすくみ足を有するか否かによって決定する必要がある。すくみ足を呈する患者は視覚刺激により歩幅、歩行速度が改善するが、すくみ足を呈さない患者は聴覚刺激により若干の改善が得られる。すくみ足を呈する患者に聴覚刺激を与えて歩行練習すると、すくみ足の発生確率が上昇し、歩行の安全性を低下させてしまうため注意が必要である。
External cueを利用して一定期間歩行練習を行うと、External cueが無い状態における歩行速度、歩幅の改善、すくみ足の重症度に改善がみられるが、介入を継続しないと数週間で効果は消失する。パーキンソン病の歩行障害には、External cueを利用した継続的な歩行練習が推奨される。
1.2. 注意のストラテジー
注意のストラテジーとは、随意運動を行う際注意を向ける点を指導することにより、パーキンソン病患者の内発性随意運動を改善させる方略である。パーキンソン病患者は、自身の記憶を元に行われる内発性随意運動を行う際、前頭葉から補足運動野や運動前野など高次運動野へ運動の企図を伝えるネットワークが機能低下を起こしていると考えられている。そのため、動作時に注意を向ける点を指導し、前頭葉から高次運動野への運動の企図の伝達を強化することにより、内発性随意運動を改善させると考えられる。指導時には動作の大きさに焦点を絞って注意を向けさせて、集中的に実施することにより効果が得られる。歩行練習の際には、患者が安全性を損なわない範囲で「大きな歩幅」に注意を向けさせるとよい。
Okadaらの先行研究によると、すくみ足を呈するパーキンソン病患者の歩行開始時の振り出し開始側の不一致確率は、すくみ足を呈さないパーキンソン病患者と比較して顕著に高い。すくみ足を呈するパーキンソン病患者の歩行開始動作の練習の際には、数mの距離で歩行開始、停止してもらい、振り出し開始側を確認し不一致確率が高い場合には、歩行開始前にどちらの足から振り出すか意識的に決定するよう指導するとよい。
1.3. Feedforward, Feedback誤差学習
パーキンソン病患者は、実際の運動が自身の意図した運動より小さいことが多い。Feedfoward, Feedback誤差学習は、指導の際、患者に自己の体性感覚に注意を向けさせ、意図した運動と実際に生じた運動の誤差を校正させる方略である。
パーキンソン病患者は、内発性随意運動の際、基底核と大脳皮質運動関連領域、頭頂葉、前頭葉、小脳とのconnectivity(機能的結合)が低下しているが、小脳と大脳皮質運動関連領域、頭頂葉とのconnectivityは上昇している。この結果は、パーキンソン病患者において小脳による制御、学習は残存しており、代償的に機能していることを示唆している。運動を発現する際、一次運動野から小脳に遠心性コピー(Feedforward)が伝達され、運動の結果生じた末梢からの感覚フィードバック情報(Feedback)が小脳に伝えられ、自己の意図した運動と運動の結果の誤差信号を大脳皮質の運動関連領域に送り、運動が修正される。歩行練習におけるFeedfoward, Feedback誤差学習は、小脳による上記の運動制御、学習の過程を利用していると考えられる。Feedfoward, Feedback誤差学習は、注意のストラテジーに合わせて利用されることが多い。
2. 姿勢異常に対する直流前庭電気刺激の試み
パーキンソン病はしばしば体幹前屈、側屈、頸部可屈曲等の姿勢異常を呈する。パーキンソン病の姿勢異常は、歩行や食事動作などの日常生活動作や転倒に影響を与えるため、重要な問題である。パーキンソン病の姿勢異常は、体幹筋のジストニアや固縮、ミオパチー、軟部組織変化、体性感覚の統合異常など多くの要因が関連する。姿勢異常に対して投薬調整や外科治療、理学療法、装具療法などが行われているが、有効性を支持するエビデンスは確立されていない。
近年、体幹側屈の姿勢異常を呈する患者と姿勢異常のない患者を対象に、臨床的な方法で前庭機能評価を行った結果、体幹側屈の姿勢異常を呈する患者は傾斜側の前庭機能障害を有することが報告された。パーキンソン病患者を対象に前庭誘発筋電位を調査した結果、前庭誘発筋電位が一側消失しているものが37%、両側消失しているものが7.4%存在することが報告されているが、その結果と姿勢異常との関連については検討されていない。そこで我々は、前屈姿勢異常を呈するパーキンソン病患者においても前庭機能障害が存在すると仮説を立てた。
直流前庭電気刺激(galvanic vestibular stimulation: GVS)は前庭系を刺激し、前後、側方への姿勢傾斜反応を引き起こすことが可能であり、主に耳鼻科検査や神経生理学の研究手法として利用されてきた。近年、GVSは脳卒中の空間認識障害などに対する介入手段として利用され始めている。GVS実施時、電極を隆椎両外側と両乳様突起に貼付し、乳様突起を陰極にすると前方姿勢傾斜を、乳様突起を陽極にすると後方姿勢傾斜を誘発可能である。
前屈姿勢異常を呈するパーキンソン病患者一例に対して隆椎両外側と両乳様突起間のGVSを乳様突起陽極、陰極の2条件で実施した結果、両条件ともsham刺激と比較して体幹前屈角度が著明に改善した。前屈姿勢異常には後方姿勢傾斜を誘発する乳様突起陽極のGVSが有効であると仮説形成していたが、本症例は乳様突起陰極、陽極の両条件とも体幹前屈角度に顕著な改善を認めた。このことから、前屈姿勢異常と前庭機能の関連は明らかではない。
パーキンソン病の前屈姿勢異常には、腹筋群のジストニアが関与すると考えられている。先行研究において、頸部ジストニアに対して前庭刺激を行うと、刺激側の頸部屈筋である胸鎖乳突筋の過剰活動が軽減したと報告されている。隆椎両外側と両乳様突起間のGVSは両側球形嚢を刺激し、腹筋群の持続的な異常活動を軽減し前屈姿勢異常が改善した可能性がある。今後は症例数を蓄積し、パーキンソン病の前屈姿勢異常に対するGVSの有効性、効果の機序を検証する必要がある。GVSは、パーキンソン病の前屈姿勢異常に対する新しい理学療法介入となる可能性がある。