平衡訓練/前庭リハビリテーションの基準

 

 

前庭リハビリテーションとは

 

一側の末梢前庭が障害されると,めまいや平衡障害が出現するが,前庭代償により次第に回復するしかし,前庭代償が遅延してめまい・平衡障害が持続する例も少なくない。

 

前庭代償が遅延し,頭部や 身体の動きによりめまい・平衡障害が誘発される慢性期の一側性末梢前庭障害患者に対して,日常生活動作(ADL)を改善する目的で,平衡訓練/前庭リハビリテーション(vestibular rehabilitation)が行われる

 

 

エビデンス

2015年のコクランレビューでは,平衡訓練/前庭 リハビリテーションは慢性期の一側性末梢前庭障害 患者において Dizziness Handicap Inventory(DHI) など自覚症状のスコアを改善させるエビデンスがあ り,安全で効果的であるとされている

 

本邦においては,1990年に日本めまい平衡医学会 が提案した平衡訓練の基準が用いられてきた9)。そ の後,奈良医大方式,北里大学方式,目白大学方式 の平衡訓練の有効性が報告されている

 

 

 

平衡訓練/前庭リハビリテーションの定義と目的

 

平衡訓練/前庭リハビリテーションは,一側の末梢前庭機能低下により生じためまい・平衡障害による ADL の低下を改善し,転倒リスクを軽減して円滑な社会活動を営めるようにする目的で,めまい症 状の軽減,運動時の視線の安定化,姿勢の維持,歩行などの身体運動の円滑な遂行ができるようにデザインされた運動を反復する訓練である

 

以下の症例は対象としない:

前庭機能が変動しているメニエール病の発作期,外リンパ瘻など

 

。 注意を要する合併症/既往症:認知障害,視力障 害,頸部疾患,高血圧,心疾患,不整脈など。転倒 や下肢の骨折の既往,人工関節置換術後など。

 

平衡訓練/前庭リハビリテーションのメカニズム 平衡訓練/前庭リハビリテーションには,以下のメカニズムが関与している

 
1)動的前庭代償 dynamic vestibular compensa tion* の促進 
2)適応(前庭動眼反射と前庭脊髄反射の適応) vestibular adaptation の誘導 
3)感覚代行 sensory substitution** と感覚情報 の重み付けの変化(感覚再重み付け)sensory reweighting の誘導 
4)慣れ habituation の誘導 
*:急性期の静的前庭代償は,メカニズムに含めない。 

 

 

 

 


1.動的前庭代償を促進する平衡訓練 


運動: 
1)頭部の動きを伴う歩行や加速減速を伴う歩行を行う。 
2)起立して歩行,方向転換や円周歩行* を行う。 


カニズム:

歩行により動的前庭代償が促進される。歩行に半規管刺激(頭部の動き)や耳石器刺激(加速減速を伴う歩行)を負荷すると,前庭代償が促進される。動的前庭代償は健側の前庭情報により進行するためである

 

効果:歩行の安定。
*:円周歩行では,中心からの半径の違いにより
内側の外側半規管と外側の外側半規管に異な
る入力があり,直線歩行と比較して刺激強度
が強くなる。

 


2.前庭脊髄反射(半規管脊髄反射)の適応を誘導する平衡訓練

 

運動:

頭部を pitch* または roll* 方向に動かしながらの歩行を行う。 
カニズム:

姿勢制御は半規管脊髄反射のうち, 主に前半規管脊髄反射と後半規管脊髄反射で行われ,外側半規管脊髄反射の関与は乏しい**。頭部を pitch または roll 方向に動かしながら前および後半規管を刺激する歩行により,前庭脊髄反射の適応を誘導する。 

 

 

 

3.前庭動眼反射(半規管動眼反射)の適応を誘導する平衡訓練 


運動: 
1)頭部を yaw* または pitch 方向に回転させて 固定視標(earth-fixed)を固視し,次に頭部と反 対方向に yaw または pitch 方向に動く視標を固視 する。ゆっくりとした頭部回転から開始し,次第 に周波数を増加させて 1 Hz 以上の高周波数で頭部を回転させる21)。 


2)固定視標(earth-fixed)を固視しながら歩行 を行う。 
カニズム:前庭動眼反射の適応が誘導されやすいため,頭部 と反対方向に動く視標を固視すると適応が誘導さ れやすい22)。適応の誘導には周波数特異性がある ため,頭部回転の周波数を変化させる必要があ る23)。 


2)歩行時には頭部も動くため,固定視標を固視 しながら歩行を行うと,前庭動眼反射の適応が誘 導される**。周辺視野が OKN 刺激となり,効果 的に前庭動眼反射の適応が誘導される24)。 


効果:頭部運動に伴う動揺視の改善。 
*:yaw=左右水平方向(z軸中心の回転運動) **:歩行時の pitch 方向の頭部回転は,最大約 5 Hz になる25)。 

 

 


4.前庭脊髄反射(耳石器脊髄反射)の適応を誘導する平衡訓練 


運動:立位で頭部と体幹を前後または左右に傾 け,「垂直(鉛直)軸を意識しながら」身体を安定 させるようにする。開眼→閉眼と次第に負荷を加え る。 
カニズム:前庭脊髄反射は最も重要な立ち直り 反射であり,低周波数の姿勢制御は主に耳石器脊髄 反射で行われる。前庭脊髄反射は静止した状態では 起こらないため,頭部を体幹と共に前後左右にゆっくりと傾けることで低周波数の前庭脊髄反射の適応 を誘導する。空間での垂直(鉛直)軸を意識しなが ら傾け,立ち直りを促進する。また,視覚情報を遮 断した条件で頭部を体幹と共に前後左右に傾ける と,前庭脊髄反射が強化され,その適応が効率的に 誘導される。 
効果:姿勢の安定。 

 


5.代行を誘導する平衡訓練 


運動:「足底で床からの感覚を意識しながら」立 位で身体を安定させるようにする。閉脚→継足→単 脚直立,開眼→閉眼,床→クッション上と,次第に 負荷を加える。 
カニズム:低下した前庭情報を,体性感覚情 報* で代行することにより,感覚情報の重み付けの( 594 )変化を誘導する。一側性末梢前庭障害患者の姿勢制 御は急性期には体性感覚依存であるが,慢性期にな ると視覚依存になることが報告されている26)27)。姿 勢制御が視覚依存になると,動きのある視覚刺激な どによりめまいを訴え,姿勢が不安定になる28)。足 底の感覚に意識を集中させることにより中枢神経系 での sensory reweighting を誘導し,姿勢制御を視 覚依存から体性感覚依存に変化させる29)。 効果:姿勢の安定。 
*:脊髄小脳(虫部,中間部)のもっとも重要な 入力は脊髄からの体性感覚入力である。虫部 からの出力は,室頂核を経て両側性に脳幹網 様体と外側前庭神経核に投射し,体幹および 四肢近位部の抗重力筋に強い影響を及ぼしている 

 

 

6.慣れを誘導する平衡訓練 


運動:

めまいを誘発する頭部や身体の動きを繰り返す。動きのある視覚刺激によりめまいを感じる場 合,めまいを引き起こす視刺激を繰り返し受ける。 
カニズム:慣れを誘導してめまい症状を軽減する。末梢前庭の反応性低下(response decline)と, 中枢前庭系の脱感作(desensitization),統合(inte gration),再構築(reconstruction)が関与している と考えられている
効果:めまいに伴う QOL の低下を改善。

 
平衡訓練/前庭リハビリテーションの訓練方法 1.座位 頭部運動訓練 
a)頭部を yaw または pitch 方向に回転させて固 定視標を固視する(前庭動眼反射の適応)(図1)。 b)頭部と反対方向に yaw または pitch 方向に動 く視標を固視する(前庭動眼反射の適応)2.立位 バランス訓練 
a)「垂直(鉛直)軸を意識しながら」立位で頭 部と体幹を前後または左右に傾け,次に視覚情報を 遮断して立位で頭部と体幹を前後または左右に傾け,立ち直りを促進する(耳石器脊髄反射の適応) 
(図3)。 


開眼→閉眼 
b)「足底で床からの感覚を意識しながら」立位 で身体を安定させるようにする(感覚代行)(図3)。 裸足で行うと効果が高い。 
閉脚→継足→単脚直立 
開眼→閉眼 
床→クッションの上で直立 
a)の訓練を行った後に,b)の訓練を行う。 3.歩行訓練 
a)直線歩行(準備運動) 
b)頭部回転を伴う歩行(動的前庭代償の促進・ 前庭脊髄反射の適応)(図4)
c)加速減速を伴う歩行(動的前庭代償の促進)
(図4)
d)起立して歩行,方向転換や円周歩行(動的前庭代償の促進)(図5)
e)固定視標(earth-fixed)を固視しながらの歩行(前庭動眼反射の適応)(図6)
f)頭部を yaw または pitch 方向に回転させて固定視標(earth-fixed)を固視しながらの歩行(前庭動眼反射の適応)
a)~d)の運動は同時に行う。
e)の訓練を行った後,f)の訓練を行う。f)
の訓練が困難な場合は中止して,頭部を yaw または pitch 方向に回転させて固定視標(earth-fixed)を固視しながらその場で足踏みする。歩行訓練は転倒に十分注意しながら段階的に行う。
4.慣れを誘導する訓練
a)めまいが生じる動作や姿勢(慣れ)
めまいを誘発する頭部や身体の動きを選択して繰り返す。
1.座位→仰臥位,2.仰臥位→左側臥位,3.仰臥位→右側臥位,4.仰臥位→座位,5.座位→

 

 

選択した動作を行い,めまいが誘発されたら,運動前の強さまでめまいが治まるまで待つ。めまいが治まった後,さらに30秒間その姿勢のまま待つ。1
つの運動につき3~5回繰り返す。訓練後1分程度で訓練前の強さまでめまいが治まるのが適切な刺激強度。

 

 

平衡訓練/前庭リハビリテーションの訓練期間


1.自宅で行う場合:
1日に3回,合計20分間以上を行うことが望ましい

2.PT が介入する場合:
1セッションにつき問診・評価を10分間,運動訓練(頭部運動,バランス,歩行,慣れ)を20分間,アドバイス(ホームエクササイズの指導など)を10分間行うことを目安とする。

 

3か月間以上継続が望ましい

 



 

 

図1 座位 頭部運動訓練
可能な範囲で段階的に行う。


【レベル1】
上段:真正面に腕を伸ばし目の高さに位置した視標(親指またはカード)をしっかり見ながら頭部を yaw方向に回転(左右水平回転)させる。
下段:真正面に腕を伸ばし目の高さに位置した視標(親指またはカード)をしっかり見ながら頭部を pitch方向に回転(上下垂直回転)させる。pitch 方向の回転時は横親指でもよい。
ゆっくりとした頭部回転から開始し,次第に周波数を増加させて 1 Hz 以上の高周波数で頭部を回転させることを目標。
頭を振る角度は30度くらい,30秒から1分間を目標。
視標がしっかり見えなかったり視標がブレてしまうときは頭の回転速度を遅くしたり頭部運動範囲を狭くする。
訓練後めまい感が1分程度で軽快するくらいが適切な刺激強度。15分以上めまいが長引くときは回転速度を遅くしたり時間を短くする。

 

 

 

図2 座位 頭部運動訓練


【レベル2】
頭部を yaw 方向に回転させながら,同じ速度で反対方向に視標(親指またはカード)を左右に動かしつつ視標をしっかり見る。
頭部を pitch 方向に回転させながら,同じ速度で反対方向に視標(親指またはカード)を上下に動かしつつ視標をしっかり見る。
頭を振る角度は30度くらい,30秒間を目標。
視標がしっかり見えなかったり視標がブレてしまうときは頭の回転速度を遅くしたり頭部運動範囲を狭くする。
訓練後めまい感が1分程度で軽快するくらいが適切な刺激強度。15分以上めまいが長引くときは回転速度を遅くしたり時間を短くする。




 

図3 立位 バランス訓練
可能な範囲で段階的に行う。転倒に注意して行う。
上段:耳石器脊髄反射の適応。垂直(鉛直)軸を意識しながら立位閉脚で頭部と体幹を前後または左右に傾
けて正中(元の位置)に戻る。膝や腰を曲げてはいけない。
【レベル1】 開眼
【レベル2】 閉眼
5往復を目標。
閉脚が難しい場合は,肩幅くらい足を開いて立位で行う。
下段:感覚代行。足底で床からの感覚を意識しながら立位で身体を安定させるようにする。
【レベル1】 開眼 閉脚で行う。段階的に継足→単脚直立の順に行う。
【レベル2】 閉眼 閉脚で行う。段階的に継足→単脚直立の順に行う。
【レベル3】 クッションの上 開眼・閉脚で行う。段階的に開眼・継足。
各訓練は1分間を目標。
閉脚が難しい場合は,肩幅くらい足を開いて立位で行う。

 

 

 

図4 歩行訓練
可能な範囲で段階的に行う。転倒に注意して行う。
【レベル1】
上段:頭部回転を伴う歩行。左:yaw(左右水平回転),中央:pitch(上下垂直回転),右:roll(左右傾斜
回転)。
下段:加速減速を伴う歩行。普通→速く→遅く→速く→遅く→
10 m 程度を目標

 

 

 

図5 歩行訓練
【レベル2】
左:椅子に座る→起立して歩行し方向転換→再び椅子に座る。3 m を目標。
右:円周歩行:直径 1 m の円を開眼で右回転,左回転,5周を目標。

 

 

 

図6 歩行訓練
【レベル3】
左右の壁に3ステップ間隔で貼った視標を順に yaw 方向に頭部を回転させて固視しながら歩行。
2往復から5往復を目標。
博物館で左右の絵画を順に見ながら歩行するイメージ