腰背部痛における胸腰筋膜

 

腰背部痛を有する人は極めて多く、平成 28 年国民生活基礎調査の自覚症状1)に関して男性では 1 位、女性では 2 位を占めており、日常のリハビリテーションにおいても遭遇する頻度の高い症状の 1 つである。腰背部痛は原因が明らかなものと、明らかでない非特異的腰痛に分類され、どちらもリハビリテーションの主要な対象である

 

これまで痛みの発生源として注目されてきたのは主として脊柱の構造物(椎骨、椎間板、椎間関節、周囲の靭帯)であり、背部の軟部組織は非特異的腰痛の原因として提唱はされてきたものの胸腰筋膜は腰背部痛の発生部位としてほとんど注目されてこなかった2)。近年、胸腰筋膜が腰背部痛の発生部位として認識され始め、この部のリハビリテーションによる疼痛緩和の効果が期待されている2, 3, 4)。

 

 

筋膜とは


筋膜 fascia は 4 つに分類される。

1 つめは浅筋膜superficial fascia あるいは皮下筋膜 pannicular fascia である5)。皮下筋膜は皮下組織 subcutaneous tissue のこ
とである。浅筋膜は脂肪細胞を多く含む疎性結合組織であり、皮膚の深層で体全体を覆っている。

2 つめは深筋膜 deep fascia あるいは被包筋膜 investing fasciaといわれ、全身の筋骨格系全体を覆う一続きの筋膜である。

 

胸腰筋膜は上記の筋膜のうち深筋膜に属する

 

深筋膜は交織密性結合組織であり、腱や腱膜、および靭帯などの平行密性結合組織とはコラーゲン線維の走行が異なる。ゆえに深筋膜は一方向だけではなく、多方向からの張力に対して適応性がある。胸腰筋膜はそのコラーゲン線維の配列からは多層構造を持つ7)。


背部深層の筋、すなわち固有背筋は深筋膜で包まれている。この深筋膜は頸部では薄く、項筋膜となっている。胸部では棘突起から固有背筋を覆い、肋骨角に付着する薄い筋膜である。腰部では肋骨がないため固有背筋を鞘状に包んでいる。胸部と腰部の固有背筋を包んでいる筋膜は胸腰筋膜 thoracolumbar fascia と呼ばれる8)

 

 

胸腰筋膜の肉眼解剖学

 

Gray’s anatomy の第 41 版には胸腰筋膜について以下のように記載されている9)。「胸腰筋膜は背と体幹の深部の筋を覆っている。上方では前鋸筋の前方を通過し頸背部の深頸筋膜の浅層と連続している。胸部では胸腰筋膜は脊柱の伸筋群を覆う薄い線維性膜となっており、脊柱と上肢を結ぶ筋と脊柱の伸筋群を分けている。内側では胸椎の棘突起に付着し、外側では肋骨角に付着している。腰部では 3 層構造となっている。後葉は腰椎と仙椎の棘突起および棘上靭帯に付着している。中葉は腰椎横突起の先端と横突間靭帯に付着し、下部は腸骨稜に上部は第 12 肋骨の下縁と腰肋靭帯に付着している。

 

 

 

胸腰筋膜はまた、胴体と四肢の間の荷重移動にも重要な働きを持つようで、胸腰筋膜の伸張は広背筋、大殿筋、およびハムストリングスの作用に影響される

腰椎背筋群におけるコンパートメント症候群 elector spinae compartment syndrome はおそらく腰背部痛の原因の 1 つであろう。

 

今一つ、感覚神経線維と交感神経節後線維を含んだ脊髄神経後枝が胸腰筋膜を貫いて腰背部の皮膚に分布していることは重要であると思われる。

 

 

胸腰筋膜の組織学と電気生理


深筋膜には固有感覚を受容する役割のあることが提唱されている。Stecco らはヒト上肢の剖検標本の組織化学的研究によって、薄い脂肪細胞層で数層に分けられた深筋膜のコラーゲン線維の層板の間に自由神経終末、Ruffini 小体、Pacini 小体とまれに GolgiMazzoni 小体の存在を確認している

 

胸腰筋膜が自律性の収縮機能を示すことから16)、Schleip らは組織化学的に検索し、ヒトの胸腰筋膜後葉内に α 平滑筋アクチンを含む細胞の存在を確認し、
これが腰背部痛の新たな原因の一つである可能性を示唆している17)。

 

 

 

胸腰筋膜を対象とした腰背部痛のリハビリテーションの現状


Langevin らは慢性的な腰背部痛を有する患者を超音波で検査し、胸腰筋膜の厚みが有意に増していることを見出した26)。この研究に続いて同じく Langevinらは同様の患者では胸腰筋膜のせん断ひずみ shearstrain が最大 20%低下していることを報告している27)。

彼らは異常な結合組織の構造が腰背部痛の素因を作っているか、あるいは慢性の腰背部痛が原因で起こる運動パターンの変化によって異常な結合組織ができると考えている。

 

これらの考えは様々な障害によって起る胸腰筋膜の重要な変化は線維化 fibrosis や癒着adhesion であり、これが隣接する結合組織の動きを制限し、これに引続いて運動が制限されることによるという考えに基づいている。線維化が起こる主要な原因は、線維芽細胞の異常な活性化であると考えられている28)。

 

線維芽細胞は細胞外基質を構成するコラーゲンやエラスチンなどのタンパク質を産生するだけでなく、ラミニン laminin やフィブロネクチン fibronectinなどの細胞接着に関するタンパク質を作り出す。線維芽細胞の働きはこれだけではなく、細胞外基質の維持、すなわちリモデリングにも関与するため、細胞外基質の分解吸収も行う。それゆえ創傷治癒にも関与するし、様々なサイトカインや成長因子を分泌することで炎症や血管新生にも関与する28, 29)。

 

強い力を伴う反復運動過多は筋膜を含む運動器系を障害するリスクファクターとなるが30)、適度な運動や機械的な力はリモデリングを促すことで健康な運動器系を保つことは良く知られている31)。

 

[軽い刺激]は線維芽細胞に働いて抗炎症作用があるが、[強い刺激]は反対に炎症を引き起こす32, 33)。

 

 

 

筋膜の障害に対する主要なリハビリテーションとして徒手療法がある。

 

徒手療法の対象となる筋膜関連の障害は Schleip らによる成書に詳しく記載されている19)。筋膜関連の障害に共通して関連していると思われるのが、筋膜を含んだ組織の線維化や緊張増加であり、結合組織の緊張緩和が目標となる。

胸腰筋膜に限っても、これまでに述べたことから腰背部痛の原因の一つが胸腰筋膜の過緊張あるいは線維化による筋膜肥厚や数層に及ぶ胸腰筋膜後葉や中葉の癒着であろうと推察できる

これらは Ball が述べているように線維芽細胞の過剰反応の結果による神経・関節の圧迫、関節可動域の減少に加え、感覚系、運動系、自律神経系の機能障害に起因する患者の疼痛、さらに精神的苦痛につながる34)。

 

 

https://core.ac.uk/download/267828785.pdf